結婚発表と引退宣言
1979年10月20日にはその役柄のイメージのまま、三浦との恋人宣言を発表し、1980年3月7日には三浦との婚約と引退を公表し、ファンに大きなショックを与える。その一方で、迫り来る引退を視野に入れた形でのレコードのリリースや公演の予定を発表。1978年のキャンディーズで定着した引退記念興業が大々的に展開されることになった。
1980年10月5日、日本武道館で開催されたファイナルコンサートで、最後の歌唱曲「さよならの向こう側」の後で、百恵がマイクを置いて去っていったシーンは、ファンの間では伝説となっている(なおこのマイクは現在小樽にある石原裕次郎記念館に展示されている。詳細は「三浦友和」の記事を参照)。
テレビ生番組への最終出演は、そのコンサートの翌日である10月6日に放送された「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ)の引退特集番組である。百恵と同じホリプロ所属の先輩だった和田アキ子、かつて花の中三トリオとして活躍した森昌子と桜田淳子、女性歌手仲間として仲が良かったアン・ルイス・ジュディ・オング・太田裕美・岩崎宏美・高田みづえ、他男性歌手では新御三家の西城秀樹と郷ひろみと野口五郎、ほか沢田研二などが百恵の最後の雄姿を見守った。この夜ヒットの放送は、歌謡番組史上の傑作として現在も語り草となっている。正式な完全引退は10月15日のホリプロ20周年記念式典である。その時に歌った曲は「いい日旅立ち」である。引退時は弱冠21歳(22歳の誕生日の約3か月前)で、芸能人としての活動は僅か7年半程だった。